県民の好む方言「ズク」

長野県の方言「ズク」とは?

 長野県民であればほとんど誰もが知っているであろう方言に「ズク」があります。
 「本州の中央に位置する長野県の地域特性」でも述べているように、長野県は同じ県内であっても地域によって文化に顕著な違いが見られる県ですが、「ズク」という語彙は県全体で用いられている語彙のようです。
 長野県方言の案内・概説書である馬瀬良雄氏著『信州のことば 21世紀への文化遺産』(信濃毎日新聞社、2003年)の「21世紀に残したいふるさと信州のことば」において、「ズク(強い精神力、働く意欲、骨惜しみせず精を出して働くこと、まめ)が第1位となった」とあり、また「信州以外では、ズクナシ(怠け者)のようなマイナス評価語はあるが、プラス評価語のズクは使われないという方言も結構ある。さらに信州では他と異なりオーズク、コズクを初めとするいくつかの語を発生させている」(p.336)とありました。他地域にも「ズク」という方言はあるようですが、長野県民は「ズク」という語彙から更にオーズク、コズクなどの性情を表す語彙を独自に発展させているということです。
 管理人は、この「ズク」という語彙に興味を持ち、長野県東信地方の性向語彙(その人の性質を言い表すことばのこと)を調査しました(流石に長野県全域は無理でしたので、近場の東信地域に絞りました)。
 調査対象者は祖母(大正11年生まれ、農家出身)で、調査項目は室山敏明氏著『「ヨコ」社会の構造と意味 方言性向語彙に見る』(和泉書院、2001年)にある「性向語彙のシソーラス」で挙げられている106項目に関して調査をしました。
 ただし今回は「ズク」と、その語彙と関連がある「仕事に対する意欲・能力に関する語彙〈仕事に対する態度に関するもの〉」の項目のみを記載しています(※提出用に書いたものなので、「である」調になっています)。

A 仕事に対する意欲・能力のある人

(1)働き者 ・ハタラキモノ、ハタラキモン
・セッコエー、セッコイー
・ズク ガ アル
・コズク ガ アル
・「働き者」を意味する総称
・「働き者」、「根気がある人」
・「まめ、骨惜しみせず働く」
・「小ズク」か。「細々としたことに進んであたる気力をもち、骨惜しみしない」
(2)仕事の上手な人 ・ウデッコキ
・マテー
・腕扱
(3)仕事の速い人・要領の良い人 ・ヨーリョー ガ イー ・丁寧な仕事ぶりのこと
(4)仕事を丁寧・丹念にする人 ・マテー
・キチョーメン ナ ヒト
・テーネー ナ ヒト
(5)丁寧すぎる人 ・バカテーネー
・マテー スギル
・馬鹿丁寧。丁寧すぎる仕事ぶりのこと
・丁寧すぎる仕事ぶりのこと
(6)辛抱強い人 ガマン ヅエー
・シンボウ ヅエー
キモガ ナゲー
・我慢強い
・辛抱強い
・肝が長い
(7)人1倍仕事に熱中する人

B 仕事に対する意欲・能力に欠ける人

(8)怠け者 ・ナマケモノ、ナマケモン
・ズクナシ
・アブラウリ

・ノッペシ
・「怠け者」を意味する総称
・怠け者、面倒くさがり屋
・人の目を盗んで怠ける、共同作業のとき熱心に働かない
(9)仕事の下手な人 ・ヘタクソ
(10)仕事の遅い人・要領の悪い人 ・グズ
・ノロマ
・ブキ
・ブキッチョ
・トレー
・ウテー
・シャラクデー
・ヨーリョー ガ ワリー


・不器用の意。「ブキッチョ」も同様

・「とろい」〔toroi〕→〔tore:〕
・「疎い」〔utoi〕→〔ute:〕
・「シャラ」+「くどい」〔kudoi〕→〔kude:〕

(11)仕事を雑にする人 ・イーカゲン
・オーザッパ ナ ヒト
・ザツ ナ ヒト
(12)仕事を投げやりにする人 ・イーカゲン
・チューカゲン
・チューックライ
・ 「イーカゲン ナ ヒト(ヤツ)」ともいう
・「中加減」か。中途半端
・「中位」か
(13)仕事の役に立たない人 ・ノーナシ
・ヤクタタズ
(14)放蕩者 ・ホートーモン、ホートーモン
・アソビニン

「ズク」に見る働き者と怠け者

 「働き者」のことを「ズク ガ アル」といい、「怠け者」のことを「ズク ガ ナイ(ネー)」、または「ズクナシ」という。
 たとえば冬の寒い日に、屋外で一生懸命働いている人がいる。その人のことを他の人は「コンナニ サミー ノニ(働くなんて)、アノヒト ワ ズク ガ アル ナア。」(こんなに寒いのに、あの人はよく働くなあ、まめだなあ、骨惜しみしないなあ)と評する。そこには感心したという響きが込められている。
 寒い日に炬燵に入り動こうとしない人を、他の人は「ズク ヲ ダシナサイ」と言って戒める。「ズク」とは「ダス(出す)」ものであり、それが「アル」人間(または状態)は、働き者としては理想的な姿をしている人のようだ。
 「ズク」が「アル」人間は働き者として立派だが、普通の人はそれでも「ズク」を「ダ(出)」せば非難の対象にはならない。「ズク」を「ダ(出)」さないでいると、「ズクナシ」と一言に切り捨てられてしまう。
 怠け者のことは「ズク ガ ナイ(ネー)」とも「ズクナシ」とも呼べるが、働き者のことは「ズク ガ アル」で、「ズクアリ」とは呼べない。ズク ガ アルのは立派なことだが、厳しい風土の中にあってズク ガ ナイのは死活問題であり、戒められるもの、改めねばならないものであった。だからこそズク ガ ナイ人間を「ズクナシ」と戒めることで、ズクを出せる人間にしようとしたのではないか。
 「働き者」を意味する語彙(ズク ガ アル、セッコイー、コズク ガ アル)は、いずれも根気があることや骨惜しみしないという意味を含んでいる。決して楽ではない仕事を、根気をもち、骨惜しみせずこなすことが、労働者としてあるべき姿であり、「働き者」が「働き者」たる所以だということであろう。
 「怠け者」を意味する語彙「アブラウリ」には、怠け者は怠け者だが、中でも「共同作業のときに熱心に働かない」人間を指す。村落社会における共同作業は各々が力を出し合い、助け合うもので、共同作業の際に不熱心な者もまた、非難の対象となったことを窺わせる。
 仕事に対する意欲・能力においてマイナスの評価をされることは、その地に住む人々のほとんどが農民である場合は、避けなければならないものであったろう。だからこそマイナス評価の語に関心が向いたのではないか。ズクを出して働かなければ生活が立ちゆかない農村では、ズクナシと強く一語で呼び、戒めることで、ズクナシがズクを出せるようにし向けていったのではいかと考えられる。

仕事に対する意欲に関する語彙

 前述のように、根気よく骨惜しみしないで働く者が「働き者」であり、いわば労働者の理想的な姿とされていた。逆に、根気を出さず骨惜しみをする、労働者としては非難される対象であるのが「怠け者」であった。
 それでは他の、仕事に対する意欲を表す語彙には、どのような評価が与えられているのだろうか。
 「(12)仕事を投げやりにする人」の項目には、「イーカゲン」、「チューカゲン」、「チューックライ」の語彙がある。「チューカゲン」は「中加減」、「チューックライ」は「中位」。「イーカゲン」は「いい加減」で、「徹底していない」という意味である。「ズクナシ」ほどひどくはないが、「ズク ガ アル」とはいえない、中途半端な状態ということであろう。「ズク ガ アル」といわれるには、意外に高いハードルを越えなければならないのかも知れない。「(13)仕事を雑にする人」の意味をもつ語の中にも「イーカゲン」という語がみられるが、やはりこれも根気よく、骨惜しみしないで仕事をしている状態からは離れたものである。
 では、根気よく、丁寧な仕事ぶりはどうだろうか。
 「(4)仕事を丁寧・丹念にする人」の項目にある語彙「マテー」は、仕事に対する能力に関する語彙「(2)仕事の上手な人」を表す語彙と共通である。根気や骨惜しみしないことを重視するのであれば、丁寧・丹念な仕事ぶりと良い仕事とは関係があるはずである。ただし、「(5)丁寧すぎる人」の項目に「マテー スギル」と「バカテーネー」があることを考えると、過剰評価がマイナスの評価を与えられていることが分かる。「バカテーネー」の「バカ」とは、卑しめる・嘲る意味の接頭語であるからだ。
 仕事に対する能力を表す語彙「(10)仕事の遅い人、要領の悪い人」の語彙数が多いことからも、仕事が遅いということは、戒められるべきものなのである。丁寧な仕事は上手な仕事に結びつくけれども、丁寧すぎるということはすなわち時間がかかるということなので、あくまで適度な丁寧さが評価されたのである。

仕事に対する能力に関する語彙

 語彙数では「(10)仕事の遅い人、要領の悪い人」が多い。その中の「シャラクデー」とは、接頭語「シャラ」+「クデー(くどい)」の形をとっている。「シャラ」という接頭語は、「シャラップテー」(図太い)、「シャラコスイ」(狡賢い)などの語にも用いられている。寒さの厳しい冬の季節には、その寒さを「シャラッサミー(シャラ+サミー(寒い)」という。そのことからするに、「シャラ」とは語の意味の程度性を高める接頭語ではないかと考えられる。しかもそれは、プラス評価の語には使われないようだ。
 仕事に対する能力に関しては、「遅い、要領が悪い」ことはかなり強い程度で戒められたということであろう。