本州の中央に位置する長野県の地域特性

 「東西対立」というのが適切かどうか分かりませんが、東日本と西日本とではその文化に大きな違いがあることはよく知られています。例えばお正月の料理・お雑煮の味噌の種類や、入れる餅の形などによる違いがそれです。
 また、東西対立とは少し異なりますが、諺に「江戸べらぼうに京どすえ」というものがあります。この諺は、威勢がよい江戸ことばと、上品な京ことばを並べ、それぞれの性質の違いを表したものです。また似た諺に、「長崎ばってん江戸べらぼう神戸兵庫のなんぞいや」「大阪さかいに江戸べらぼう」などもあります。諺として残されるほど、地域地域の特性は昔から意識されていたようです。昔から用いられている語に「あずまえびす」(東夷)があり、これは軽蔑的な意味合いを含む言葉ですが、京都の人が東国(関東)の人(特に武士)を言い表したものです(※1)。京都の人々にとって、関東は辺境の地、未開の地域で、更に北の東北地方は全く文化風俗の異なる未知の地でした。
 現在でも東京と大阪の対立が言われていますが、東日本と西日本とは同じ日本でありながら、明確な文化の違いがあるとされています(地域によってそれぞれ文化の差異はありますが、隣接する地域とは交流があるので、基本的に相通じる文化となります)。江戸時代、式亭三馬の『浮世風呂』や、十返舎一九『東海道中膝栗毛』などから既に東西方言(特に、江戸・上方の方言の違い)があることについて当時の人々が意識していたことがうかがえます。しかし、それにしても、東日本と西日本とでは、なぜこんなにも文化に違いがあるのでしょう。
 東日本と西日本とを地質構造上分類する地帯は、「フォッサマグナ」と呼ばれます。この「フォッサマグナ」によって、東日本と西日本は文化風俗が大きく分かれているのです。フォッサマグナの西縁は、糸魚川と浜名湖(静岡)を結んでいるため、「糸魚川・浜名湖線」と呼ばれますが(※2)、糸魚川西方には「親不知」が、静岡西部には天竜川・大井川・安倍川・富士川などが、長野県と岐阜県の間には日本アルプスがあり、それらの難所・山々・河川によって人の往来が妨げられ、言語上の境界がここで生じたとされています。
 明治時代、国語調査委員会が既に「仮ニ全国ノ言語区域ヲ東西ニ分タントスル時ハ大略越中飛騨美濃三河ノ東境ニ沿ヒテ其境界ヲ東部方言トシ、以西ヲ西部方言トスルコトヲ得ルガ如シ」(『口語法調査報告書』1906)とあり、明治期には既にその東西方言の境界が示されていたことが分かります。長野県はこのフォッサ・マグナの通り道であることから、一つの県内でも東日本の文化を受けている地域と、西日本の文化を受けている地域とに分かれています。長野県は県内の地域同士ですら山で隔てられており、同じ「長野県」という区域にありながら、その文化は大きく異なっています。
 また、それだけではなく、長野県は県域が広く、多くの県と隣接しています。長野県の県歌「信濃の国」で長野県を「十州に境連ぬる国」としている通り、長野県は群馬(上野国)・埼玉(武蔵国)・山梨(甲斐国)・静岡(駿河国・遠江国・伊豆国)・愛知(尾張国・三河国)・岐阜(美濃国)・富山(越中国)の八県に囲まれた県であり、新潟県に接する北信(長野市など)の人々にとっては、同じ県内の南信(飯田市など)よりも、隣接する新潟県や東北地方の方が、文化的に近いものがあるようです。
 長野県を地域区分するときには、中信(松本市など)、南信(諏訪・伊那など)、東信(上田市など)、北信(長野市など)という四区分に分けられます。これもまた県歌「信濃の国」の一節からですが、「松本」「伊那」「佐久」「善光寺」が四つの平とされています。この四つの平(中信=松本、南信=伊那、東信=佐久、北信=善光寺)は、同じ長野県でありながら、それぞれ風俗が異なる地域です。西日本との結びつきが深い中南信、関東と結びつきが強い東信、新潟や東北と結びつきが強い北信……というふうにです。
 馬瀬良雄氏の著作『信州のことば 21世紀への文化遺産』(信濃毎日新聞社)によれば、北信・東信のことばには西方言の特徴が全くといって良いほどなく、中信の松本に至れば西方言が徐々に現れ、木曾谷になると西方言の特徴が強くなり、鳥居峠を越えれば西方言の特徴が東方言の特徴を上回るといいます。そして、岐阜県中津川市に至れば完全に西方言になるそうです(藤村生誕の地として知られる馬籠宿は、市町村合併に伴い、長野県から岐阜県中津川市に編入されています)。
 地理上の区分では同じ「信濃国」「長野県」ですが、戦国時代は小藩分立状態、近世以降も難所が多く往来が少ない地域があるなど、地域によって文化に違いが見られる長野県。
 近年交通の便は良くなりましたが、今も北東・中南の対比、または対立(?)が続いています。

※1……「あずまえびす」の「えびす」は、蝦夷(えみし)のことも指します。蝦夷は中央政権(大和朝廷)に服属しない人々のことをいい、現在は「えぞ」とも呼ばれます(北海道の旧称「蝦夷地」も同様)。
※2……糸魚川・静岡構造線とも。フォッサマグナの西縁は糸魚川・浜名湖(静岡)構造線で、東縁はおおよそ小諸~甲府~相模湖を結ぶ線といわれます。

参考

 『広辞苑』第五版(岩波書店)、『百科事典マイペディア』(日立システムアンドサービス)、馬瀬良雄『信州のことば 21世紀への文化遺産』(信濃毎日新聞社)、