国生み

岐美二神の国生み

 『古事記』における岐美(イザナキ・イザナミ)二神の国生みに関する記述は、以下の通りである。

 ……雖然久美度迩興而生子水蛭子此子者入葦船而流去
 次生淡嶋是亦不入子之例
 (中略)
 於是伊耶那岐命先言阿那迩夜志愛袁賣袁
 後伊耶那美命言阿那迩夜志愛袁登古
 如此言竟御合生子淡道之穂狭別嶋
 次生伊豫二名嶋此嶋者身一面四毎面有名
 故伊豫國謂愛比賣讃岐國謂飯依比古粟國謂大宜都比賣土佐國建依別
 次隠岐之三子嶋亦名天之忍許呂別次生筑紫嶋此嶋亦身一而有面四毎有名故筑紫國謂白日別豊國謂豊日別肥國謂建日向日豊久土比泥別熊曽國謂建日別
 次生伊岐嶋亦名謂天比登都柱
 次生津嶋亦名謂天之狭手依比賣次生佐渡嶋次生大倭豊秋津嶋亦名謂天御虚空豊秋津根別
 故因此八嶋先所生謂大八嶋国
 然後還坐之時生吉備児嶋亦名謂日方別
 次生小豆嶋亦名謂大野手比賣……  

 イザナキ・イザナミは天の御柱を巡り、お互いに声をかけ合ってから結婚した。
 最初の結婚で生まれたのは水蛭子(ヒルコ)と淡嶋(淡路島)。ヒルコは葦船に入れて流し捨てられ、淡嶋もヒルコ同様、子どもとして数えられなかった。
 これについては、最初の結婚の際に、イザナミの方からイザナキに「阿那迩夜志愛袁登古」(まあ、何と立派な男性でしょう)と声をかけたことによる、と書かれてある(記)。女神から先に声をかけた(=女人先唱)のが良くなかったというのである。
 ヒルコに関しては様々論議があるが(字義通り蛭のようにぐにゃぐにゃした子である、あるいは、天照大神の旧名ヒルメ=日る女に対する日る子で、男性太陽神であるという説が多数)、国土という観点から見ればヒルコは置いておくとして、まずは淡嶋。アハムなどは「軽蔑する」といったような意味に用いられるので、淡嶋はあまり国土としては良いものではなかったようである(「淡路」を「吾恥」からきたとする説もある)。そこで「是亦不入子例」となる。
 ヒルコと淡嶋の話は、「第一子はあまり良くない子である」という当時の伝承に従ったものであるとされている。ヒルコは(岐美二神から生まれた)神の中では第一子であり、淡嶋は国土の中では第一子という考えに基づくのかも知れない。
 再び結婚をやり直し、生まれたのは淡道之穂狭別嶋で、こちらも淡路島のことである。紀第五段本文に、淡路洲を胞として子どもを生んだとある。胞(え)に関しては、兄、または胞衣(えな)であるという説がある。淡路島が最初に誕生することについては、もともとイザナキ・イザナミが淡路島の神であり、二神の国生み神話もまた、淡路島の神話が原形であったためではないかという(兵庫県淡路島津名郡には、イザナキを祀る「伊弉諾神宮」がある)。
 記によれば、淡道之穂狭別嶋の次に誕生したのは伊豫二名嶋とされている。伊豫二名嶋は「身一面四毎面有名」で、「体は一つで面が四つあり、それぞれ名を持っている」ことから、四国(讃岐、阿波、土佐、伊予)のことを指している。そのうち伊予国は愛比賣(「愛らしい乙女」の意)、これはそのまま現在の愛媛を指す。粟(阿波)は大宜都比賣で、こちらも愛媛同様に女性名である。国名「阿波」が粟に通じるから、食物を司る女神名である「大宜都比賣」なのであろう。この後に生まれる吉備=黍や小豆も穀類と関連した名称と考えられる。四国のうち他二国はそれぞれ讃岐が飯依比古、土佐が建依別で、こちらは男性名。四国は男二名、女二名がそれぞれ配されているということになる。
 余談だが、国土は神々あるいは人間と同様に名前を持っている。越前・越中・越後の旧名がそれぞれ「こしのみちのくち」、「こしのみちのなか」、「こしのみちのしり」であるのは、「口」「腹」「尻」と、それぞれの国が人体と同じように考えられていたということになる。
 上の記述に従えば、「大八洲」(日本の異称)は本州・四国・九州・淡路・壱岐・対馬・隠岐・佐渡の八つの島の総称となる。「八」にはもともと「数多くの」という意味をもつ神聖な数字であって、大八洲とは「多くの島から成る国」の意であったところに、実際の数字の八に島を当てはめたものと考えられる。
 その多くが西日本の島々で、国名に関しても詳細な記述があるのは、やはり記・紀神話の特性によると考えられる。ここで細かく挙げられているのは大和朝廷の領土として速く確立した地域、あるいは大和朝廷の発祥地と考えられる。

 続きます。

参考

 『広辞苑』第五版(岩波書店)、『百科事典マイペディア』(日立システムアンドサービス)、坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋『日本書紀(二)』岩波書店、倉野憲司・武田祐吉『日本古典文学大系1 古事記祝詞』岩波書店、井上辰雄『古事記のことば この国を知る134の神語り』(遊子館)